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怨嗟と復讐を越えて: 2022年までのアマチュア無線活動を振り返る

2019年12月に東京都世田谷区に戻ってから、もう3年になった。 この間、COVID-19の蔓延もあり、余暇や研究の時間はもっぱらアマチュア無線をやっていた。 1976年3月に最初のアマチュア無線局を開局してから、もう46年と10ヶ月近くになる。 いろいろと思うことがあるのでまとめて書くことにする。

なお、以下に書くことは個人の主観的価値観に基づく感想でしかない。もちろん同意してもらう必要もない。故に反論は無用である。

2020年からの世田谷での成果

1965年に生まれてから集合住宅にしか住んだことはない。 「戸建て、タワー、リニア、ビーム」といった、アマチュア無線の富豪設備とは無縁な人生を過ごしてきた。

世田谷のマンションに戻ってきてからは、以前北大阪に住んでいたときよりも地上高は大分低く、周囲にビルの多い環境になった。 アンテナを上げるにしても、ベランダしか使うことができない。 特に短波では波長に比べて随分短く輻射効率の悪いアンテナを使って我慢するしかない。 出力も100Wがせいぜいだし、卒直に言って海外交信は厳しい。 それでもなんとかできることをやろうと思い、2020年3月から世田谷での運用を再開した。

結果として2022年12月24日現在7000を越える交信数は達成した。そのほとんどは 40m/30m/20m/15mという短波のメインバンドである。 この期間のDXCCエンティティ数も相互確認ずみ(confirmed, cfm)で100は越えたし、 2020年の夏には50MHzでアラスカと交信できて積年の復讐を果たした(リンク先はARRL LoTWの交信記録のスクリーンショット)。 また2020年の世田谷からのみの成果で米国50州との交信もでき、ARRLからDigital WASアワードをいただいた。 これで2002年の北大阪の運用の成果を合わせればDXCC, WAZ, WAC, WPX, WASとできたわけで、やっと人並みになったというところだろうか。

制約のある環境下でのせめてもの楽しみは、ベランダの向きが適していることもあり、北米や北太平洋との交信が比較的容易なことである。 ときどき米国やカナダの北米の局と交信しては、自分の1974年から1975年の渡米時代を偲ぶのが、ささやかな楽しみだ。 そしてありがたいことにオーストラリアやニュージーランド、そして太平洋諸地域との通信も多くできている。

雑音と交信内容への幻滅との戦い

ただ、残念ながら、今の状況は理想とはほど遠いことも事実である。

今のアンテナの環境では電灯線が近くにあるため、正直なところ冬場の乾燥時に発生する電灯線からのノイズは耐え難いものがある。 強風時はFM放送受信に影響するレベルになっている。 また、当然のことながら都市雑音も多く、長波のNDBビーコンは受信不能になってしまった。 中波のNHK東京第1放送(594kHz)の受信にすら、近隣のエアコンなどから出るインバーターノイズが影響を及ぼしている。

あと特に残念なのは、日本語の音声で聞ける無線交信の99%までが、およそ興味の持てる内容ではなく知性も感じられないものがほとんどだということである。 たまには声を出したい気分になることもあるのだが、気が進まず止めてしまうことも多い。 それでなくてもintrovertなのと、その昔罵声を浴びせられたこともあり、音声の通信はほとんどしなくなってしまった。 そして音声の通信は、事実上富豪設備を持っていて強い信号を送ってくる人達に独占されているのが現状だ。 もう少し知性を感じられる会話ができる人はいないのだろうかという気がする。 音声の通信がシンドイと思っている人は自分だけではないだろうと思う。事情は世界中どこでも同じらしい。

通信方式の技術開発によるブレークスルー

とはいえ、音声による会話ができなくても、それなりに無線通信に希望を見出すことができているのも事実だ。 そうでなかったら、とっくの昔に無線を止めていただろうと思う。

幸い2010年代後半からはFT8/FT4といった余計なやりとりをほとんどしなくて済む通信方式が短波では主流である。 FT8/FT4の普及で、相手さえ見えていれば、富豪設備を持たなくても交信できる可能性は飛躍的に高まった。 そして電波伝搬の研究にはWSPRといった超狭帯域かつ低速な通信方式も普及している。 また100年以上前から使われているモールス符号による通信(CW)が未だ現役である。 これらの通信方式は音声の伝送に比べて伝送に必要となる電力がはるかに少なくて済む。

かつて1990年代初めに誤り率の高さが課題だったデジタル通信も、 今や誤り訂正符号の導入や複数キャリア変調(OFDM)による強靭化によって 十分に利用可能なものになりつつある。 もちろんケータイやインターネットの代わりにはならないだろうが、 非常時の通信などへの実験と活用の幅が広がっていることも事実である。

つまり、音声で通信しなくても無線技術の研究を行い交信の成果を上げることは十分にできる。 技術の発達進歩により各種ハードルが下がったことは素直に歓迎したい。

「戸建て、タワー、ビーム、リニア、山」に見えるアマチュア無線富豪設備の反社会性

過去47年近く、 自分が共同住宅に住んでいてそこからアマチュア無線を運用していることが理由でずっと二級市民扱いされていることは、 以前にもここここなどで繰り返し述べてきている。 この状況が改善されることはないと思うが、最近の社会的傾向を見ると、 「一級市民」達の持つ富豪設備そのものの反社会性も論じる必要が出てきているように思う。 以下に現状の問題点を述べる。

趣味に限らずどんな活動であっても、基本的にまず一人+社会の基本的なサービスでやれることが最も大事だと私は思っている。 友達ってのはその上での偶然でしかない。だからリソース確保の上では頼ってはいけない。 しかも趣味だったらそれぞれのエゴを認めないといけないので、なおさら頼れない。 共通の価値観とかあれば頼りやすいのかもしれないが。

ある活動を趣味として他人に勧められるかどうかを考えた時に、最初から二級市民で永遠に一級市民になれないシステムは反社会的だと思う。 残念ながら、ピュアオーディオもアマチュア無線もそうなってしまった。巨大なスピーカやアンテナといった 富豪設備 は誰もが持てるものではない。 もちろんそれらを追求してはいけないという法律は(少なくとも現在の日本の財産権の範囲では)ないのだが、 その方向にしかコアな人々が行かなくなったら社会的な支持は得られなくなる。 結局のところ、巨大な不動産を誇示することは、社会的に見て支持される活動ではない。

その一方で、手段としての(ヘッドホン)オーディオや無線(ドローンのアマチュア局での運用など)は、受け入れられているし、誰にでも開かれている。 参入や退出が自由であり、かつ巨大な不動産やその他の資産を必要としないという意味で、反社会的ではない。そして誰もが一級市民として認められる。 そういう意味ではスポーツも音楽も、その他のどんな活動も、一級市民になれる可能性があるかどうか、 あるいは自分がその分野の一級市民である状況が他の基本的な市民生活と両立並存するかどうかで、反社会的でないかどうかが決まる。

仮に現在のアマチュア無線を楽しむために、

を強制されるとしたら、そんなアマチュア無線は反社会的だし、無力化して崩壊させるべきだと思う。 私自身が共同住宅でしか暮らしたことがないことを差し引いたとしても。 そして結局のところ「戸建て、タワー、ビーム、リニア、山」を持つ富豪設備所有者以外は一級市民ではない、という状況なのであれば。

残念ながら、アマチュア無線においてこれらの富豪設備所有者以外は人間ではないという状況は、2020年代に入っても続いているように思う。

そして、かつて「日本の中流家庭」がたしなんできた

などは、もはや 贅沢品 であり、誰でも楽しめるものではなくなった。 このことは1990年代のバブル以降に社会人になった人達と話すとよくわかる。 彼らから見れば、もはやアマチュア無線そのものが反社会的なのかもしれない。 実際に「親が無線やオーディオに熱中していて迷惑だった」というコメントをしている1970年代以降生まれの人達を散見している。

「戸建て」ではなく「共同住宅」に住んだことで、これだけ二級市民扱いされるのであれば、そんなシステムは反社会的であり、崩壊させるしかない。

(本節は元原稿より改訂)

2022年そして2023年以降の状況と今後

その昔1980年代に、当時の日本の多くの若者がアマチュア無線の移動運用を楽しんでいた時代に、 自分はひたすらパケット通信なりTCP/IPなりコンピュータ技術との融合を目指していた。 その時に時流に乗れなかったことへの後悔は今でも消えていない。 そしてその頃から富豪設備で幅を効かせていた人達に対しての劣等感は今でも消えない。 ただ、彼等が、共同住宅と短縮アンテナといった二級市民として制限された状況で、 今の私と同様の成果が上げられていたかどうかを考えたとき、 自分のやってきたことはそう悪くはなかったかと思える状況になったのが今年2022年だったと言える。

2023年以降、この二級市民としての状況が続く中で、無線に関するどんな活動をしていくかは、正直に言って全く未定である。 もちろんどんな活動にも改善の余地もしようもあるのが現実であり、無線技術の研究については、今後も続けていくだろう。 ただ、それがアマチュア無線のコンテクスト/文脈の中に入るかどうかは、わからない。

もちろん電波伝搬の研究や伝送実験などアマチュア無線ならではの技術研究分野もまだ多く開かれていると思うが、 微弱信号の受信を前提とした実験がどこまで実施可能かどうかについては先行きは明るくないと言わざるを得ない。 電波環境はエアコンや太陽光発電パネルからなどのインバーターノイズの増加で悪化の一途を辿っている。 都会では電波を使うラジオですら満足に聞けなくなっている現状があり、状況は予断を許さない。

それでも開局47年目を迎えた今年2022年までにここまでやれたことは、良かったのかもしれない。

以上でこの雑文を終わる。オチはない。