notes.jj1bdx.tokyo blog Home | Posts | RSS

大阪大学基礎工学部電気工学特別講義2026年度力武担当分に関する所感

以下、2026年6月〜7月に行った大阪大学基礎工学部での電気工学特別講義について、学生さんからいただいた質問についてコメントします。このブログでは珍しい敬体(です・ます調)で書きます。

"I have one question. In this class and in some other university classes, I often heard that studying abroad is important. However, I would like to continue living and working in Japan if possible. Are there any good ways to improve my international skills and career opportunities without studying abroad?"

You can stay for a few weeks or even months on a tourist visa in many countries and regions. If your physical and mental condition allows, try visiting as many countries and regions as you can. If not, try joining a community where you can find many foreign residents. Osaka will definitely have many.

"質問です。将来的に量子技術がインフラへ社会実装される際に、従来の通信システムやセキュリティ対策との共存において、最も優先して解決すべき障壁は何だとお考えでしょうか。"

私(力武)は量子技術に関してそれほど明るいわけではないのですが、喫緊の課題として、量子コンピュータの圧倒的な計算能力によって現在我々が使っている暗号、特に署名と鍵交換に使われている公開鍵暗号が実用上十分短い時間で解読され得ることに対して、より暗号強度の高い暗号を普及させて、できる限りの時間を稼ぐことが必要です。暗号学の世界では、Post-Quantum Cryptography (PQC)という分野がすでに立ち上がって対策が進められています。ただし、そんなに時間があるわけではありません。数年以内に普及させる必要があります。2026年7月時点の現状については、このQiitaの記事が参考になります。

"質問としては今後あらゆるインフラがサイバー物理システムとして高度に融合していく中で、これら多数の異なる技術レイヤを横断してセキュリティや信頼性を検証するための、国際的な標準化や共通のモデリング手法はどのように整備されつつあるのだろうか。また、技術の進化スピードが法規制や社会規範のアップデートを上回ってしまう問題に対し、技術者としてどのような倫理観を持ち、開発の現場でアプローチすべきかについて知りたいと感じた。"

講義では詳細を説明しませんでしたが、IETFやIAB、ICANN、W3Cなどといった標準化組織が長期にわたってセキュリティ分野においても活動しています。ただ、内容があまりにも広範囲であり、しかも合意による標準化ではなくデファクト標準として先に市場での地位を確立してから標準化プロセスに入るプロトコルも昨今は多いため(QUICがいい例です)、どのように倫理的な価値観を広めるかについては課題が山積しているのも事実です。標準化は国際政治の現場でもあり、昨今の政情の不安定化を考えると、状況を注視する必要があります。

技術者としての倫理観については、『はじめての技術者倫理―未来を担う技術者・研究者のために (改訂第2版)』(北原義典著、講談社、2025年12月、ISBN 978-4-06-541671-6)は入門書として読んでおくべきと思います。その他、私の所持資格である技術士と情報処理安全確保支援士はどちらも「倫理綱領」を定めていますので、そういった現場の倫理のあり方を勉強してみるのも役立つと思います。日本の場合はどうしても集団の意思決定に流されがちなきらいがありますが、海外の各種倫理規定を見ると、より個人の良心が強く問われるのも事実です。最終的には哲学や宗教の問題に踏み込んで考える必要があるのが倫理の本質ですので、そういった知識を得るのも大事でしょう。

"[力武注: これは質問ではないのですが印象的だったので取り上げました。] 私の将来の目標は、電子楽器の設計・制作に携わるエンジニアになることです。短期的な戦略として、現在大学で学んでいる電子回路の知識を深め、特に音声信号処理の基盤となる変調や復調技術の実装力を鍛えたいと考えています。[...]"

楽しそうですばらしいと思います。ぜひアナログ回路とデジタル信号処理、両方の技術を身につけてください。今ならNumPyやSciPyなどで十分シミュレーションができますし、今時のコンピュータであれば演奏もできるでしょう。幸い日本は電子楽器、あるいは楽器一般において、先進地域です。北大阪ならマークスミュージックに行って鍵盤楽器を触るのもいいかもしれません。もちろん梅田や心斎橋にも楽器販売店はたくさんありますし、大阪あるいは関西全域は、ヒップホップやラップ、クラブミュージック、その他多くの最新の音楽活動がなされている地域です。東京のシーンに触れるのもいいでしょう。海外に出て世界各地の音楽に触れるのも楽しいと思います。

"質問としては、今後の社会においてどのような能力が重要であり、その能力を高めるために何ができるのかという点について、学生の内にできることと、社会に出てからできることについて知りたいと思った。"

講義では「好奇心」と言いましたが、より具体的には「問いを立てる能力」と、「問題を最後まで諦めずに追求して解き切る力」の両方が必要になると思います。どちらも、学生であるかないかに限らず、人生のいかなるステージからでもできることですから、ぜひやってみてください。社会に出てからできること、あるいはやらなければならないことがあるとしたら、それは「お金あるいは与えられた資源を使って社会により多くの価値を生み出して貢献すること」だと思います。言われたことをやる能力ももちろん大事ですが、それだけでは社会的評価は得られません。

"やりたいことや関心ごとは多くあって楽しいのですが、多すぎて、何を一旦切り捨てるかがまだ決められていない状態です。一つにしぼれば実現できる自信はありますが、何から実現させればいいのか悩んでいて、それが成長速度を遅らせているな、と強く感じます。力武先生のような世界視座で物事を見れて、理系的な専門分野に通じていて、DJしたりと趣味も充実しているような大人に正直めちゃくちゃ憧れています。何かアドバイスがあれば伺いたいです。"

何であっても、まずはやってみることだと思います。現在20歳代の前半であれば、やり直す自由も時間もあると思いますし、何であってもどんどんトライするに越したことはありません。失敗しても伸びしろしかない、ぐらいのつもりでいいと思います。ただし犯罪にだけは手を染めないように。一生をダメにしますから。

私のことですが、世界視座といっても、所詮はUS/Canada/EU、つまり「西洋」に強く影響を受けた日本人の域を脱していないと思います。知人の青年海外協力隊員としてアフリカに行った人と話してみると、世界観の違いに驚かされます。私は文明という前提なしには生きられない人間ですが、その人の話を聞いていると、文明(civilization)に囲われるのではなく、文明を作る側として人間は立たなければならない、ということを最近は強く思います。もっとも、apocalypse前提のdystopianな世界観はフィクションだけにして欲しいとは思いますが。

専門分野については、50年以上前の思春期以前からやっていた電子工作/ラジオ/無線、音楽、コンピュータ、そして(米国滞在時に生きるために身につけざるを得なかった)英語という4つの軸に収斂しています。言い換えれば、どれも50年以上続けていますので、それらの軸から発展している物事については比較的理解し易いように思っています。これらは「趣味」というわけではなく、何らかの研究活動であると思ってやっています。

DJに関していうなら、私にとっては非常に新しい活動です。61歳にもなるともう人生の残り時間はそんなにないので、今やっておこうと思って、いろいろ準備をした上で、2026年春に幸運にもRoom 303 Radioという場が東京の西新宿にあることを知り、リスナーとして徹底して番組を聴くことから始まって、出演させてもらうことができました。もちろんこれが最終目標ではありません。とはいえ、技術士としての仕事もありますし、何分にも軽度とはいえ生活支援を必要とする家族のある身ですので、深夜の活動はまず不可能です。そのため、今後も自分の生活と両立できる時間に自分のできることをやっていくつもりでいます。

DJは歴史的には電波による放送局やディスコやクラブといった場から始まっていますが、CDJプレーヤーやOBS Studioに始まるストリーミング伝送の技術は、1990年代から自分も実験をしていたので、ついていけています。最近のDJのメディアはUSBメモリか、ストリーミングか、あるいはアナログレコードかといういささか極端な状況になっていますが、良い曲を演奏して聞いている人達に楽しんでもらうという本質は変わらないように思います。本物のプロの人達は一糸乱れぬつなぎ(transition)の技や、語り、あるいは選曲、そして作曲や演奏など、凡人には到達し得ない技を持っているので、ただのアマチュアの私ごときが論評できるものではありません。とはいえ、この40年ぐらいで技術的な敷居が下がったことは事実で、そのことは私にとって幸運だったと思っています。

最後に、Room 303 Radioで2026年7月31日に行ったsolo showの様子がYouTubeに上がっているので、それを紹介して終わりにします。